

稲川淳二の~人間は妖怪より奇なり~講座 第1話
── 夏がくれば、稲川さんのお顔を見ない日がありませんね。
稲川:「私ね、今年で63歳になるんですよ。で同じような人生を歩んでいるのもおもしろくないなと思って、あるときから自分の人生をきちんと区切ってみようと思ったんですよ。人生にはさ、辛いこともあれば楽しいこともあるし、めんどうくさいこともある。それが人生と言うよね。で、うまく人生を楽しむためには、世の中の波に乗ると言うじゃありませんか。その波に上手く乗っていくと、なんでもかんでもうまくいくわけですよ。とんとん拍子にね。でもさ、あれって結果的には自分でやっているわけじゃないですよね。世間の波にうまく乗れたことで物事がうまく進んだというだけ。ようするに“ツイてる”“タイミングよく”と言うのと同じレベルなの。それって他力本願でしょう。自分で波を作っていないじゃないですか。せっかくの自分の人生なのだから、1回くらい自分の波を作らないと。もう年齢も年齢だからさ、思うような波が作れないわけですよ。これはまずいなと思ったのが8年前かな。それからテレビ出演するのは夏だけにしようって決めたんです。だからね、私は夏しかテレビ番組に出てこないんですよ(笑)」
── 稲川さんが出られていた番組で一番怖かったのが“あなたの知らない世界”でした。
稲川:「夏の定番番組だね(笑)。あなたの年齢からだとちょうど小学生くらいかな?」
── そうです。学校から戻ると部屋のカーテンを閉めて、こっそり観ていました。
稲川:「カーテン閉めたんですか。それはすばらしい。感性がいい証拠です」
── とにかく怖かったです。カタンとどこかで音がするだけでビクッとしちゃうし怖いとわかっていてもそのシーンは音量を上げちゃうし。
稲川:「あなた、頭のいいお嬢ちゃんだったんですよ。ただ黙って観ているだけの人とは違って、テレビのボリュームを上げたり下げたりするのはその情景をリアルに感じようとしている証なんです。そんなに楽しんでいただけて光栄だな」
── 怖いもの見たさという場合もありますが……。稲川さんといえば“怪談”ですが、日本にはたくさんの“怪談”話がありますよね。
稲川:「“怪談”ってね。よく理屈をつけて論理的に云々という方がいろいろいらっしゃいますが、この世界は感性で成立しているものなんですよ。それを論文のようにお話しする人がいる。なんじゃそれって思ってしまいますよ」
── 先程から言われている“感性”とはどのようなものを示されるんですか?
稲川:「感性とはコレだと言えるものはないんですよ。人それぞれで異なるものなんです。人は考えも思いも違いますよね。で、“怪談”を楽しもうとする場合、さきほどあなたがテレビを観るとき、カーテンを閉め暗くしたことや音量の強弱をつけてみたことでその場の臨場感を味わおうとなさっていた。それは無意識にしたのかもしれない。でもそれが感性なのです。感性を別の言い方でいえば“感覚”でしょうか。だって、ただ音を上げたり下げたりしたんじゃないでしょう? 自分の納得する状態に自分の感覚をもっていっていこうとしていたわけでしょう」
── そうですね。怖いと思いながらもそうすることが、きっと本物に近づけると思っていたと思います。
稲川:「そういう感性は今少なくなっていると思うんですよ。私は最近の人は感性すら持ちえていないんじゃないかなと心配しているわけです。なにかを感じることさえ、面倒くさいという人増えていません? “うざい”といって小馬鹿にしている。昔の日本人ってさ、足音ひとつでもなにかを感じていたんですよ。そして物をきちんと見ることで心に感じたものがあると言っていたわけですよ。それが最近はなくなっているようで、寂しくてしようがない」
── ホラー映画のファンとかは相変わらず多いようですね。
稲川:「“怪談”の世界って横文字の世界じゃないのをまずは知ってほしいですね。私はホラーという世界は嫌いじゃないですよ、むしろ好きなんですけど。でも“怪談”を“Jホラー”と表記しているのを見て腹が立ちます。それは間違いなんです。やめてほしい。怪談はホラーと違う、全く別物なんですよ」
── 別もの?
稲川:「そう。性質が全く違う。まして“怪談”のほうがはるかに優れているのに、ホラーの部類に入れようとすぐにする。だから世界は日本の“怪談”世界を真似しようと、思いっきりお金をかけて作品をつくるけど、どれも失敗してるじゃないですか。私もこういう商売をしている以上、その類の試写会のご招待もくるんですよ。『期待のホラー映画が上陸しました』って葉書が届く。全然期待なんかしてないんだけどさ(笑)。そしてその映画に褒めるコメントを欲しがるんだけど、それがイヤになっちゃうんですよ。『もうしわけないけれど、この程度の内容でいい評価してあげるのはかえって可哀想だよ』ってお断りする。でもね、その日本の“怪談”の世界に魅せられる外国人、特にアメリカ人が増えてきているのにさ、その日本の世界観を日本人自身が今、失おうとしているんだよ」
── 日本の世界観が変化しつつあるということですね。
稲川:「今の政治家の人達って、何かというと横文字を乱用していますね。意味をわかってるのか? って思うくらい使いすぎる。あの国会の答弁、全て理解できている人なんて、国民誰一人いやしませんよ。自分は知性があるとでもいわんばかりに横文字をたくさん使う。なんでかな、日本にはいい漢字、表現、諺があるのにさ。横文字大好き議員様ばかりだから、誰も政治になんか興味をもたなくなった」
── 外国では今漢字ブームですよね。
稲川:「外国のプロレスラーを見る機会があれば是非見ていただきたい。格闘技選手は漢字が好きですよね。肌にタトゥー、いや、私に言わしてみれば入れ墨だな。外国人が一生懸命に日本の漢字を入れ墨として肌に彫り込んでいる。なぜ漢字なのかと聞くとクールだからという。国会議員さんのように見た目や雰囲気だけなのかもしれない。でも、その漢字の持つなにかが彼らを惹きつけているんでしょう。それなのに横文字ばかり並べてお話しをする先生方が多いから、答弁が薄っぺらい鼻紙のように感じてしまいません? 日本語の正しい使い方を忘れている人もいるんだよ。これが国の代表かと思うと本当に情けない」
── 何だか国の行く末が心配になります。
稲川:「でしょう。“怪談”はね、怖いだけでなく、たくさんいい日本文化が描かれているんですよ。土地土地の風習とかね。読んでいると見えてくる。“怪談”の作者は小泉八雲、ラフカディオハーンというのはご存じですよね。彼は日本に訪れて、日本の風習や民話に魅せられ、ヨーロッパに“怪談”という世界を発表するんです。その“怪談”を彼は向こうで何と紹介していると思います? 『怖いというものでは決してない。あなた方ヨーロッパに住む人は世界の中心で住んでいて、大陸の東にある世界のものは知らないだろう。知っていたとしても野蛮な国というイメージしかないはずだ。でもそれはえらい間違いだ。日本は景色もいい、水もいい、そして人の感性もいい。言うならばあなた方より日本という国、人は優れているんだよ。言葉もいい、礼儀正しい、そしてあなた方が持っていない感性を豊富に持っている。その世界が“怪談”なのだ』と言ったの。“怪談”は日本人の感性そのものなんだとね」
── 小泉八雲という人は日本人の本質を見ていたというわけですね。
稲川:「そう。その“怪談”のなかでもこれがいいと思ったのが“雪女”。でも私がこの話で凄いショックをうけたのがさ、毎年怪談ツアーの前にね、日本中パブリシティで廻るんですよ。北海道、九州、東北。私に同行する新聞社の方もいらっしゃる。その旅の途中、広島のときは新聞社が7社ほどきたのかな。そのなかの1社に白い肌の女性記者さんがいらっしゃったの。まさに“雪女”のようだったんですけれど、その方、“雪女”知らなかったんですよ」
── えーあの有名なお話しをですか。
稲川:「うん。でもそれはその人が悪いんじゃなくて、その人の育った環境が悪いというか、残念だったんだね。というのも、そういう物語やお話は誰かが話してくれないとずっとわからないもん。でもさ、僕のツアーの取材にきて“雪女”の話を知らないとなると話にならないんですよね(笑)。先ほどから私が言っている感性が大事だと言っているのもこの話には必要なんです。話のなかで、茂作と若い簑吉が出てきますよね。大雪の日、小屋に入って、雪をしのぎますね。そして二人とも疲れて寝てしまいますよね。そして、夜中、簑吉が目を覚ますと白い女がはぁぁあああと茂作に白い息をかけてて、茂作は凍死してしまいますよね。その白い女は簑吉に近づいてきて『このことを人に言っちゃいけないよ。言ったらお前を殺すよ』というお話。ここがね、感性なんです。どういうことかと言うと雪国というのは、11月から4月まで仕事がないんですよね。食っていけないから、土地によっては名主、庄屋などそういう土地の豪商が、仕事のない人達に仕事を与えてあげてたんですよ。お金を払ってその人を生活をさせるじゃないですか。豪商だと土地の酒を造るわけですよ。酒をつくる人間は男衆ですね。そういう男達が各地からたくさん来るでしょう」
── そうですね。雪深いところは酒造りも盛んなはず。
稲川:「酒を造る場所が昔から女人禁制と言われているでしょう。女は穢(けが)れていると言う理由で造り場には近づけさせなかった。でもね、私はあれは嘘だと思います。嘘ですよ。なんで穢れてるんですか。女から男も生まれるのに。私は酒を造る蔵にもずいぶん取材にいきました。おそらく日本で一番蔵めぐりをしたのは私じゃないかな(笑)。各地にいったけどさ、女人禁制のあれはね、他に理由があるんですよ。お酒を造る人はもちろんお酒をずいぶん飲むんですよ。しかも男ばかりで肉体労働でしょう。朝から汗かいて。外は雪が降っているのに、蔵のなかではふんどし一丁です。暑いからね。そんなところで体を使って四六時中働いて、酒を飲んだらどうなります? 普通じゃないですよ。そこに女がいたらもう危ない危ない。女をめぐって男同士で喧嘩がはじめてしまう。だから蔵には女は近づくなという戒めにしたの。で、男達の欲望をどうしたかというときちんとあるんですよ。村の外れの一軒家に女達が白いかぶりものをして白い息をはいて集まってくる。この女達はその時期だけの雪女郎なんです。夏はいないんですよ。冬だけの女の仕事。冬しかこないから雪女郎というんです。雪女郎はその村の近郊から集まってくるんですよ。近郊近在の貧しい農家の娘達や嫁さんが雪女郎の正体。そんな女達が集まる場所へ男達は仕事後に出かけていくんです。そして女を買ったとき、男がその女に見覚えがあることもあるわけです。そりゃそうですよ。男達も近郊近在の人間なんですから。『あれ? お前見たことあるな、●村の●子だろう?』と言ったとき、その女はつらいですよね。正体がばれるのはきつい。でもお金は必要。生活もあります。だからその男に『言わないでね。言わないでね。絶対言っちゃいけないよ。誰にも言っちゃいけないよ。誰かに言ったらあんたを殺すから』と言うんです。このフレーズ、どこかで聞いた覚えがありません?」
── “雪女”が簑吉にいう台詞!
稲川:「そう、“雪女”のあのフレーズそのものですよ。そんな歴史的背景が“雪女”にはあるんです」
── 哀しいながらも怖さがあります。
稲川:「でしょうね。これが日本人の感じる怖さ。でもさ、アメリカホラー映画のジェイソンみたいなのがチェーンソーをウィーンとふりまわしながら獲物を追いかけまわる怖さとは違うでしょう。あんなのは昼間観ても怖いもん。その怖さと“雪女”の『いったら殺すよ』という怖さとは違うじゃない。ホラーはホラーでいいんだけど、Jホラーといわれている“怪談”の怖さとは種類が違う。想像する怖さ……。暗闇が怖い、音に敏感になる、温度の差などそういう感性が怖さをさらに強めるんでしょう」
── そういう感覚は日本独特のものなんですか?
稲川:「中国にはね、霊は耳で見るというんですよ。いい言葉でしょう。耳で見るなんてどこかオシャレでしょう。なぜそういう風に表現するかというと、中国もイメージをするからなんです。中国の人の考えは目で見たものは真実じゃなく、そうではないもの。自分がなにか受け取ったもの。物じゃないですよ、感覚、それが心じゃないですか。温かいとか冷たいとか。そういう気持ちをきちんと見るのは耳だといっていると思うんですよ」
── 自分の感じたことを知る行為、考えですよね。
稲川:「自分の感じたことがたぶんその人の本音なんだと思う。あの人は冷たく見えるけれど、なかなかどうして他人のことを面倒みる人だとか、あの人冗談ばっかり言ってるけれどけっこう真面目な人じゃないかとか、見た目と真逆な中身を感じることあるじゃないですか。まさに人を見る目。“怪談”もその目なんです。ホラーはただ単に襲われることが怖いというだけなんですよ。それは日本人の持つ怖さの文化じゃないです」
── 怪談とホラーの違い、なんかわかって来た気がします。
稲川:「まあ、それを感じるのはその人が育った環境が一番大きくものをいうと思うんですけれどね。かつては日本各地どこもそういう感覚を持つ人であふれていたはずなんですよ。それがいつの間にか消えている。残念です」
── 感性は生まれた土地や環境から与えられるエッセンスのようなものでしょうか。
稲川:「そうでしょうね。土地が持つ質感というものでしょう。さっき、“雪女”を知らないという女性記者がいたと言いましたよね。それは彼女が悪いんじゃなく、やはりそういう状況を知らない人や感性を持っていない人のなかで育ったということだけだと思うんですよ。だから彼女、やたら質問するもの。怪談の話をしはじめると『これは何? それはどういう意味?』って。普通“怪談”は聞くでしょう。誰も質問なんかしないでしょう。『そこ不思議なんですけれどなんで?』と思っても誰も聞かないのに、彼女は絶えず質問をする。最後にはさすがにイライラしちゃって『不思議なのはなんでかということをあんたが考えないさい』って、つい言っちゃった(笑)。想像をしないんだもの。これは怪談を聞く前の問題。なんで不思議なのか、どうしてなのかを考えろってね。でも彼女は自分で考えようとしないんだよ」
── 答えがすぐほしいんですね。
稲川:「すぐ答えを求めるの。それはさ、ホラーみたいに襲われたいわけ。単純にわかりやすく、ワーってびっくりしたいだけなの。考えて不思議さの怖さを知ることを知らないまま生きて来たんだろうね。すぐに答えを出したがる。それはさ本当の日本人じゃないよ。日本人はね、待つことを知っている。怖さの気配を感じる。無意識ながらにね。なにか来てる、ちょっと待て、なにかいる……ほらそこにいる! 来る来る来る、来てる……という感覚がある。それが彼女にはない。彼女だけじゃないな。たぶん今の若者はそういう待つという感覚を持っていないと思うよ。なんでもすぐに白黒つけたがるでしょう」
── 白黒をつけるのはいいことですが、グレーのいい部分もあるのを知らないのはもったいない。
稲川:「そう色気もなにもない。ただの出来事と結果にしかならない。それって絶叫マシンと同じだよ。もともと日本人がもっていた感覚、見えないものに対する感度はなくしちゃいけないものなんだよ。それは人がはるか昔から培われてきたものなのだから」
── その感覚をなくさないためにもやはり感じるということが一番大事だと?
稲川:「考える、感じる、想像する。この三大要素が己の感性をもっと高めてくれるものなんですよ。小泉八雲も絶賛したかつての日本は感性が満ちあふれた国だったのだから。今の現代を八雲が見たら、すごく悲しむと思うよ。私も哀しい。喜怒哀楽をきちんと本質から知る喜びを忘れないでほしい。時間をかける、考えることが無意味だと思う考えは人をまず壊し、そして国をも滅ぼしてしまうものだと感じるんだ。だからもっと感度をよく、感性を豊かに。時間の流れを感じるゆとりをまずは持ってもらいたいね。ホラーじゃない怪談の豊かな怖さや情緒あふれる思いをきちんと知ってもらいたいよ」
聞き手・構成:金関 亜紀(OCNジャーナル編集部) 協力:株式会社 ユニJオフィス
PROFILE
稲川淳二(いながわ じゅんじ)